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この夏の渡航では、宋代元代に海のシルクロードの起点として栄えた福建の泉州の歴史を体感したくて、広州から足を少し伸ばしました。



仏教だけでなく、イスラム教徒、キリスト教徒、ヒンドゥー教徒、マニ教徒など。世界中の商人が集った一大国際都市、泉州。当時のそのおおらかな多文化都市の面影を巡る旅です。まずは北宋時代のアラブ系ムスリムによって作られたモスク跡、清浄寺へ。入り口のコーランとが美しい。元代には、エルサレム出身の富豪商人が大規模改修をしたそうです。素朴さの残る石づくりが良いですね。


泉州から輸出された陶磁器と言えば、福建省徳化のあたたかな色味の白磁が西洋で高い人気でしたが、私がいちばん好きなのは、この夏の終わりに紹介しようと思っている青花の陶磁器の変遷です。青花陶磁器の最盛期はもう少し先。港も広州などに移ってからとなりますが、転覆を防ぐため船の重り(バラスト)として積み込まれていたことは、どの時代も同様。陸のシルクロードを通じて青花陶磁器の美しい青の原料、コバルトがペルシャから運ばれ、そして時流れ、貿易ルートが陸から海にとって変わられる中、世界商品として船に積み込まれ海のシルクロードを経て各国に運ばれ、各地で愛されそれぞれの国の文化と融合し次第に各地で作られるようになっっていった。そんな陶磁史に浪漫を感じます。
泉州海外貿易交通史博物館では、福建の船や沈没船からの出土品などを見ることが出来ました。ここでも、トーマス機関車のごとく、目のついた木造貿易船の模型をたくさん見ることが出来ました。この眼は、単なる飾りではなく、船に命を吹き込む祈りで、龍眼とも呼ばれるそうです。



その後は、色鮮やかな花で頭を飾る伝統衣装(簪花囲)を纏った蟳埔女で有名な村、蟳埔へ。花飾りをかぶって、時代はまあ様々な伝統衣装風コスプレをした女の子たちであふれています。可愛らしい姿の女の子達や客引きを掻き分け掻き分け目指すは、牡蠣の貝殻を埋め込んだ伝統的建築です。陶磁器を下ろした後、東南アジアやアフリカ沿岸の大きな牡蠣の貝殻がバラストとして積み込まれ、この河口の村に下ろされました。牡蠣柄は耐食性が強く台風の多い土地柄、それを建材として再利用したとも言われているそうで、そこらへんのエピソードを思うと胸が熱くなります。そんなわけで、お花も被らず、ひたすらが壁に一眼カメラを向けておりました(笑)。貝観光地化激しいので、壁見たら撤収です。
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